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自分が体験している事を完全に受け入れる時、それが怒りや悲しみだったとしても、そこには必ずそれを楽しんでいる感覚が浸透している。楽しむという感覚は自分の中のズレを、今ここに居る自分に統一するための架け橋となる。たぶんね。
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吸い込まれる様な星空の下

砂漠の風がやってきて

火照った身体を優しく撫でた

柔らかい砂に身をゆだねたら

愛と孤独がやってきて

僕は夜空の星となる




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02:27 | 未分類 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

何になりたい、何がしたい、似てそうで全然ちがう。

何がしたいの中心には自分がいる、だからみんな最初はここから始まる。

だけどいつの間にか「何になりたい」ばかりが膨れ上がって、最初にあった「何がしたい」が消えちゃったりする。

地位を確立したり、求める力を得て、立ち止まった時に、唖然としたり虚無感を感じるからくりは、これなんじゃないかな。

きっとこの二つはコインの裏表、たまには裏も見てあげよう、じゃないと自分を見失ってしまう。
18:51 | 未分類 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

問答無用

最近は体の麻痺を言い訳にしてかしないでか、とにかく武術の稽古をしていない。
でもたまにそこらの道場で力試しをしている時のわくわく感は昔とまったく変らない。

俺が武術に惹かれるのは、自分が理屈くさいからだと思っている。理屈くさいからこそ武術の“問答無用”の世界に強く惹かれる。 自然の理以外にルールが一切無く、答を出すのに、あーだこうだと過去を蒸し返す必要も無い。答は一瞬一瞬の動きに現れているからだ。
それをはっきりと認識する。そうすれば過去の重りは切れ、意識は全て“今”に集約される。
そこから来る動きは一瞬一瞬つねに完結している。満ち足りている。 勝ち負けも関係ない。

俺は誰かと対戦している時にこれを感じるけど、延々と突きの練習なんかやってる時は、気がついたら頭の中はどうでもいいことでごちゃごちゃだ。
きっとこの満ち足りた状態を日々の生活までに広げることを「武道」というのだろう。

だから自分の体調がどうだとかは、いいかっこ出来ないなんて、まったくの筋違いなんだよなぁ。
03:13 | 未分類 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

肉食、菜食

一週間ほど前に肉食をやめた。

そのずっと前にチベット医に豚肉、魚類は今の自分に合わないからと絶つことを進められ、かなり控えていた。
牛、羊等の赤肉類、鶏はOKと言われていた。でも自分が買うような鶏は鈍感な自分にも劣悪な一生が分かってしまうぐらい味がひどいため、フライドチキンなど調味料、添加物で肉の味をごまかしたものばかり買っていた。 
パーティーの前日、3kgほどの鶏の股をさばいている時、弾性が無くゼリーの様な肉は、ナイフを使わなくとも手ではがせた。それだけでもオエッときていたが、時たま折れている骨を見ると、何人もの作業員がケンタッキーに出荷する鳥達をサッカーボールみたいに蹴飛ばしている映像がよみがえり、パーティーの晩、好物だったから揚げに伸ばす手は、ためらいがちだった。
そんなことがあってから、スーパーの肉売り場で目が向くのは子羊よりも料理の幅の広い牛肉になった。
そんなある日、マイミクのNさん経由で屠殺の現状を知り、肉類全般食べなくなった。
http://saisyoku.com/pics_killed.htm
http://ascension.jp/site/link222.html

俺は肉食そのものに反対ではない。菜食主義者たちの言う、動物がかわいそうだ!って主張にも、自分で動物を殺す事を拒否する肉食たちと同じ短絡さ、薄っぺらさを感じる。

菜食一本だからって、動物に被害が無いなんて嘘だ。 人間が狩猟採集民だった頃は、動物を殺していた、だけど、いや、だからこそ、その土地の生態系を根絶やしにすることは無かった。
農地は本々あった自然環境を壊して出来る。肉を食ってきた人達が何千、何万年も次世代に繋いできた土地は、大小の動物、木の実、根類、葉野菜、虫達、蜂蜜の他、生活に必要な物のほとんどを提供してきた。
それを潰して出来た農地の作物を食いながら、自分には業が無いとどうして言えよう。
今の時代、農薬のおかげで、多くの農地では、鳥の鳴く声は聞こえず、虫も、作物以外の植物も見あたらない。遺伝子操作で作られた作物がもっと強力な毒に耐えれるのは、本当に飢える国の人たちにとってプラスなのだろうか?
だからといって肉食がこれと関係ないわけではない。肉は1kgに対しその何倍もの作物を消費する、動物達を育てるための土地もいる。大半が恐ろしいほど狭い空間で一生を終えるにしても、土地がいる。



奪い、奪われ、与え、与えられ生命は存在する。だから感謝、敬意を学べる。
この事実に顔をしかめ、それを都合のいい妄想で囲む人々には、肉食、菜食ときれいな境界線をひく事は出来ない。
重要なのは物事をありのままに認識すること、そっから全てが始まる。行動に善悪など無いし、無理に自分を変える必要なども無い。



自分にとって敬意とは、肉に対してなら、自分が殺され、食われる時には喜んで身をささげよう。本当は、今自分の前に横たわる死骸、肉片が自分なのだと認識する事だと思う。

俺はそんな事、毎度毎度出来るほど、出来た人間ではないから肉を食べるのは難しい。

まして敬意など一切存在しない環境で育てられ、殺された動物の肉は、この業に加担するのが怖く、そしてあまりにもむごくて食べられない。

感受性の強い人たちは、肉から直接、断末魔からくる負のエネルギーを感じ取れる。
俺にそんな芸当はまだ出来ないけど、屠殺の映像からはビンビン感じる。



05:24 | 未分類 | comments (4) | trackbacks (0) | page top↑

20.10.2007

眠れぬ夜

蜜柑の皮に爪をたて

広がる香りは 時の架け橋
04:39 | 未分類 | comment (-) | trackback (-) | page top↑

霧と星と泥棒

毎年Yの誕生日にはなんとか座流星群がこの惑星を通過する。
ここ数年Yは友人達と一緒に夜空の下で誕生日を迎えたいと言っていたのだが、毎回なんらかの事情で実現しなかった。
8月の夜、今年こそはとAz,Abと俺を含めた4人は町の光の届かない場所を求めてバスに乗り込んだ。
たしかこの辺に大きな公園があったはずと人気の無いバス停に下りたら犬を連れたおじさんが茂みの中へズンズンと入って行くのが目に入りうちらもそれにつづいた。
茂みを抜けた先には期待どおり芝生の平原が広がっておりその少し向こうはなだらかな丘になっていてそこら辺まで歩けば外灯も気にならない。星空観察には理想的な場所だ。
そこまでは完璧だったが、霧が凄かった、見渡す限り霧。みんなから10mも離れると見えなくなる。
Abは霧と暗闇にホラーな想像をかきたてられるらしく「あそこら辺に座らない?」と外灯を指差している。わざわざここまで出向いた目的はお化けやらナイフを持った狂人に追いやられてしまったみたいだ。
いざ敷物の上に座って星空観察を始めたのだが、なにせ空がちゃんと見えるのは真上ぐらいで5分もすると首が疲れはじめ、気がつくと視野に広がる霧を眺めている。上を見ていてもあまり流れ星は現れず、結局ほとんどの時間コップに注がれたシャンパンをすすりながら薄闇と静寂の中で広げられる幻想的な世界を眺めていた。
12時、みんなでYにバースデイソングを歌い暫くの間寝転び、霧の公園を後にした。

次の日の晩、流星群のピ-クはこの日だったみたいで、せっかくだからとAzと3人で外に繰出す。今回は家から歩いて1分の広場。霧は無かったが雲が地平線の向こうまで広がっていた。そのまま帰るつもりも無く3~40分ほど待っている間に雲は散ったり流されたりでいつの間にか空には流星群が降っていた。
普段見る流れ星と比べて流星群はもっと太く尾も長い、そしてもっと近くに見える感じがする。星の後に続く尾は乾いた砥石に塗れた筆をなぞった様にしばらく留まり、すっと消えていく。その晩は空が青くなるまで飽きずに見ていた。


話は変わるが、ロンドンに引越して3日目の晩にこの日記を書いていたのだけど、シャンパンあたりを書いてる時に同居人のAzに呼ばれて部屋を出ると、どうも20分ほど前にトイレの窓から泥棒が入りSの部屋を荒らしていった様子、ノートパソコン、デジカメ、他にも何か盗られてるかも知れない。物音に気づかなかった自分もちょっと間抜けだが、人の気配を感じながらも平然と作業を続ける泥棒達(進入経路とか見るとおそらく二人組)に、住民に見つかっても対処するという意図が感じられ、それを考えると被害が物で済んだのは不幸中の幸いだったのかもしれない。自分の身体は武術の稽古もほとんどしなくなって鈍っているから手元の木刀や棒だけじゃうまく対処出来る自信が無い。ボウガンでも購入しようかな、2丁ほど。

この日記を書き終わって押すボタンを間違え全部消しちゃったのは昨日の話。
泣きっ面に蜂だ。
19:53 | 未分類 | comment (-) | trackback (-) | page top↑

言葉

会話の中で言葉に詰まる事がある。なにも思い浮かばない訳ではない、たとえば一つの言葉、質問から自分の中では数にならない、数になる前の動きが触発され、そのうねりの中からどうやって形を作れば、言葉にすれば自分の意思が伝わるのかに困ってしまう。自分の発言がただの背伸びだったり、欺瞞だった事に気付いた時は、自分で何が言いたいのか解からない内は口をつぐんでいようと思うのだけど、忘れてしまう。喉から口に出る時間は短い。みぞおちあたりで気付ければもっとうまくいくような気がする。

心は有機物。それに形を与える、言葉にするのには限界があることに文句はいえない。隙間だらけの言葉が境界線のぼやけた世界を表現している事自体すごい偉業なのだから。
言葉の隙間は無限大、お互いそれを埋め合って会話をする。だから同じ国民同士でも会話が成り立たない事もあるのだろう。木という言葉の中に彫刻を見たり材木を見たり夕日を見たり。同じ世界を見ながらもそこに極楽や地獄を見る人もいる。
結局、映し出されるものはみんな自分なのかもしれない。


16:54 | 未分類 | comment (-) | trackback (-) | page top↑

Brighton Pride

毎年夏にゲイ&レズビアンのお祭りPrideがブライトンでも開催される。この町に住み始めてから毎年祭りの期間中はキャンプだとか何たらでじっくり満喫したのは今年がはじめて。

昼過ぎに起きた時にはYはすでにロンドンからこの週末のために遊びに来ているD&Sとパレードを見に出かけていて、自分は2時ごろにお祭り会場となっているプレストンパークまでRのBMXに2人乗りでむかった。公園に近づくにつれてきわどい格好の男女が道を埋め尽くしRはセクシーガールだらけや!と大喜びだったが大概みんなレズなので思う様に成果は上がらず。
そのかわりゲイには喜ばれケツを豆鉄砲かなんかで打たれたり、すれちがいざまに金玉鷲づかみにされてた。

こーいった場所では再会、出会いが多々ある、なかでもサマーヒル時代に先生やってたRoと10何年ぶりに鉢会えたのは意外、はじめて会った当時におっさんだと思っていたRoがあの時は22歳だったと聞いてちょっとびっくり。

持ってきたビールがきれた頃には日は随分傾きはじめ、一緒に行動してた一同は街中で夕方始まる繁華街祭りの方に出かけ、自分は日本のカレーが食べたくなったのでいったん家に帰り後で落ち合うことに。

家のソファーにはDが横になってて、夜遊び、パーティーに関してはハードコアな奴がなにやってんのかと思ったが、「せっかく持ってきたコカインも手をつけてないのよ。」と言う彼は帽子とTシャツがあった所は真っ白であとは真っ赤、日焼けのし過ぎでばててるみたい。今晩お嬢様は家でおとなしくしていると言うのでカレーを満喫したあとでYと2人で夜のお祭りに出かけた。

繁華街祭りといってもこれといった行事は無く、大勢の人が道端で呑んで騒いでるだけでそこにいたメンバはRとS以外は帰っちゃってたので、一杯飲んだ後で海寄ってから帰ろうと思ってたのだが、ボディービルな黒人の兄ちゃんがS(Rの彼女)にぶつかった事から抗論が始まりRとボディービル2人はあっという間に「やるかコラァ!!!」となったので間に入ってボディービルの方を何とかなだめていた矢先、Rがかなり俊敏な動作でボディービルの首の後ろに両手を回し思いっきり顔面に頭突きを食らわし可哀そうにボディービルの鼻はパーンって弾けるような音をたてて砕けた。
そのちょっと後には血だらけになって怒り狂うボディービルを止めてる俺が警察に取り押さえられそうになっている間にRは逃亡、もう一人の警察は彼を追っかけに。
数分後、Rが携帯で実況報告。今家まで走って帰ってるけど頭突きの時に自分の額も切れたらしく血で目があまり見えないとの事。
ここ数年で随分穏便になってきたとはいえ、奴は血を500cc程抜いた方が世の中の為だと思う。

帰り道、Yは心配そうにこっちを見ていたが、ビルの返り血を浴びまくってベトベトの俺から少し距離をおいてた。不憫だなぁ。
そんなホラーな格好だったからバスには乗れず警察の目を避けながら歩かなきゃいけなかったし。

次Rと会う時は頼んでおいた逃亡中の顔写真を見せてもらおう。



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Glastonbury Festival

毎年夏の恒例になっているイギリスで(ヨーロッパの中でも)最大の音楽祭Glastonburyに参加するのもこれで3度目。
毎回友達のD&Wが経営する野外カフェの手伝いに行ってて、今年も呼ばれた。前回の時の体力と気力の限界に迫る7日間をまた体験するのかと思うとあまり気が進まなかったのだが、まあ成り行きで今回は3日間参加する事になった。

このフェスティバルが1970年に始まった当初、入場料は£1で1パイントの牛乳もついてきた。その年の参加人数は1500人。
今年の入場券は£145、牛乳は無し。 それでも14万5千のチケットに35万人が殺到し発売開始から1時間ほどで完売。チケット無しで突入してくる人達を阻止するために立てられた4mの壁の内は町と化す。(普段は牛などを放牧している農地)

ブライトンから電車で4時間、バスで30分揺られてついた会場、メインゲートの向こうはすでにもの凄い人ごみでごった返していた。

普段は牧草で青々とした土地なのだが、自分が到着した頃には雨の中何万人もの足に踏まれ泥沼と化していた。場所によっては30cmぐらい足が沈む、歩くのが大変。
結局雨は祭りの間中降り続け、もうみんな常にドロドロ。泊まっていたテントも洪水に見舞われ、祭りの終わった頃には自分の足は3日間風呂から出なかったらこうなるんやろなって状態。
トタンで出来た教会の前で新郎と新婦が手を繋いで周りの人の祝福を笑顔で受け返していた。新婦の真っ白なウェディングドレスは下3分の1がドロドロ、靴は長靴。
良い絵になりそうな風景。

一晩中働き続けた後、朝日の下WとJとでテントに向かう途中、おじさん2人が煙ばかりの小さな焚き火にあたりながらウクレレを弾いていた。WとJも自分達のテントからギターとハーモニカを持ち出しブルースを奏で歌いだす。
30分もすると警備員がやってきて、周りのテントから苦情がいっぱい来ているので今すぐ解散しろ、さもなくば会場から追い出すと迫ってきた。自分はここに到着した時も警備員達とひと悶着あったので、なんでここの警備員は権力を手にすると横暴になる人ばっかりなんだろとイラっとしていたのだが、回りの人達は“Chill out, have a spliff”と全然相手にせず演奏を続けていた。警備員の兄ちゃんはマリファナは違法なんだぞ、警察を呼ぶと言い終わらない内に笑い出し“Haha Just kidding mate, have a nice day!”と言い残し仕事に戻っていった。
騙されたのは俺一人みたい。

色々とあった数日間、書き留めるのはここまで。
↓は2005年の時。


Sunny!

Not sunny..

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2005, Luckly our tent was placed much higher up in the field

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10:30 | 未分類 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
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